心が崩壊する恐ろしさ

以前、友人にAという人物がいた。

ひょんな事で知り合ったのだが、お互いゲイである事が分かり、趣味嗜好も似通っていたためあっという間に仲良くなった。

隙あらば飲みに行ったり、どこかに遠出したり色々と遊んだ。

出会った頃はとても明るい人だったが、ある時期を境に急激に塞ぎこんでいった。
会う度に死にたい、私を殺してなどと本気で訴えてくるようになった。

詳しい原因は自分でもよく分からないと言っていたが、私より10歳以上も年上で当時すでに30代半ばだったし、これからの事とか色々と積み重なってしまったのかなと思う。

はじめは鬱の症状だけだったのが、やがて強迫神経症という心の病を併発した。

症状には様々なパターンがあるらしいが、彼の場合、やっては駄目だと分かっている事なのに、やったらどうなるんだろうという強迫観念に苛まれて、耐え切れず実際に行動に移してしまうといった症状だった。

「この間、カーステレオのCDを入れる所にクレジットカード突っ込んだら壊れちゃった」だとか、
「自室のカーテンに火をつけたら焦げちゃった」とか色々な話を聞いた。

ある時は指を怪我しているので、理由を聞くと「換気扇見てたら指を入れてみたくなって、入れちゃった」といった具合だった。

少しでも彼に癒しを思い立った私は、Aと二人で海が見える町に一泊二日の旅行へ行く事にした。

一日目は私が運転する車にAが乗りドライブをしたり、海水浴をしたり、割りと楽しそうだった。
夜はホテルの部屋が別々だったため、私の部屋でしばし談笑したあとAは自分の部屋に戻った。

翌朝、待ち合わせ時間に現れたAがひどく疲れているように見えたため理由を聞いた。

「ベッドに寝転んだら天井のスプリンクラーと火災警報器が目についた。
あれを作動させてホテルを水浸しにしたらどうなるんだろうっていう強迫観念に襲われた。
結局ベッドの上に椅子を置いて、天井の火災警報器に向かって一晩中息を吹きかけていたから一睡もしていない」
との事だった。

その姿を想像して少しばかりゾッとしてしまう自分がいたが、なんだかんだ二日目も無事に終わり、後日、酒の席で旅の思い出を語っていた。

すると彼は楽しそうに、こんな話をしてきた
「この間のドライブ中、実は車の中で発煙筒を焚いたらどうなるだろうっていう強迫観念で頭がいっぱいで、話しながら足元の発煙筒をガンガン蹴ってたの気付いてた?」
流石にその時は、やがて私の身にも危害が及ぶのではないかと思ってしまった。

その後は結局、私自身が手に負えなくなってしまった事など紆余曲折あって絶縁状態になり、現在は消息も分からない。

元友人の苦しみを怖い話としてネタにするのはどうかと思ったが、人の心は脆いもので、いつ何がきっかけでAと同じような状態に陥ってしまうか分からない。
心が崩壊する恐ろしさの啓発として、書き記させていただきました。

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